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恋愛結婚って歴史は浅いんだよ~~~

なぜか今の人って

 

結婚は、好きな人を自分で選んで、

その好きな人と両思いの末、

大団円で結婚してるものだ

 

とみんな思ってる不思議。

 

けど、その歴史めっちゃ浅いですからね!


 「売り」に出される

 「働き手」として「嫁に行かされる」(兼くちべらし)

 政治的結婚

 兄が戦死したから、弟と兄嫁(未亡人)が結婚する

 とか日本もあったわけです。

 

それから、

 生まれた子が兄家の養子(というか「実子」として書類提出される)

 

 とかいうこともまぁ普通にあったわけですよ。

 

 

なのになぜか

 

「好きこのんで結婚したんだから」まではいいとしても

「だから我慢しなさい」(いい人っぽいけどウザい忠告してるだけ)

「お互い様カップル」(ただの批難)

 

とか言うんですねー。

 

こういうのを

「世も末」と言うわけです。

(は、ちょっと上から過ぎる感じ悪いやつですねwただののっかりです)

 

 

とにかく、

 

「あれ?好きじゃなくても結婚できるし、

 家族ってやっていけるんだ」

 

ということに着目してみましょう!

 

驚きませんか?

 

 

 

思い返してみてください。

 

 

殆どの人は、小学校、選んでませんよね。

選んだにしても、学校の内情全て把握し、いっしょに学ぶ学友全員熟知した上で

じゃないですよね。

 

 

お友達だって「たまたまその学校になった」中から

取捨選択して吟味したわけじゃなくて

「なんとなく仲良くなった」中から

ずーっと続いていたりするわけです。

 

 

好き!友達になろう!!

 

って約束することはめったに…あまりありません(よね?)

 

「愛し合わなくては!!!」

「特別に好きでなければ!!!」

 

っていったいいつからそうなったんでしょうかね。

 

「愛する」というのはそもそも

「不倫されたから愛が速攻で憎しみに変わった!」

ってなるものじゃないと、私は思っております。

 

 

愛の反対は憎しみではなくて「無関心」です。

憎しみにすぐに変わるのは「愛」ではなくて「執着」です。

 

「ああ、執着してただけだったんだ・・・」と気づくかどうかだけです。

 

「家族」は書類契約でもたせるものではないはずです。

 

それを、何かがあった時に忘れてしまうんですよね。

つい、うっかりと。

 

 

「結婚」の100%が

「恋愛結婚」ではない、ということをよく考えてみましょう。

 

たとえば、

「お見合いしても好きにならないと結婚はなぁ・・・」

って言っていたとすれば、

「好き」より先の「目的」があるじゃないですか。

 

 

「自分で選んだのだから」

「好きでそうしたのだから」

 

は、ただの理由づけにすぎません。

 

そうやって自分や他人をぎゅうぎゅう縛り付けているだけにすぎません。

セルフSMと呼びましょう。

 

セルフSMはやめよう。