腐らないで生きる
昨日、ピピピさんの紹介をしてみた。
↓こういうニュースがあるから、
ピピピさん(きわめて希少)の姿を見ると、安心するのだ。
だって、こういうニュースばっかりだから、本当に。
実際はどうかわからないけど。
「現実たりうる」情報をそんなにゴリ押ししないでほしいなぁ。
解決策提示で出してくれているならいざ知れず。
怖い。
生きてるのが怖くなる。
そうなっていない段階だからこそなんだろうけど、
でも「自分は絶対そうならない」という安心できるような
場所から覗いているわけでなく、
明日かもしれないという恐怖の日常を抱えているような
状態の者にとっては、本当に痛い。
まだ、であってもまるで今現在、針のむしろに立たされた如く痛いのだ。
人は、
自分と同じような立場のくせに、
抜け出てくやしい、むかつく!(おいてきぼりにされた悲しさ)
そんなわけあるか!(自分はできないと諦めないといられない)
そういう狭間で生きている。
何をみて、どう思うか。
自分の感情をどのように記録するか。
記録することを躊躇しない。
どんなに直視するのがつらくても。
太陽ほどには、人の心を焼くわけでないのだから。
腐りかけた時に人は、
「何者でもない」と自分を追いつめたりするが
優しく丁寧に扱ってやろう。
その胸の傷に、ばんそうこうをはってやろう。
自分で。
生きよう。