人が笑っているとけなしてくる人、から・・・
楽しそうで、明るくしていて、
なにか光がさしているようだ・・・
・・・という人を見ると、
羨ましい
腹が立つ
あいつが幸せになるのは許せない。
幸せでいることは許せない。
自分こそが幸福なはずだ。
そんなふうに蹴落としてくる。
* * *
羽をもがれておぼれていると、
どんどん泥沼にはまっていく。
だから、
まっくろになりながらもにっこりほほ笑む。
* * *
そんな姿をみるとよけいにいじめたくなる。
いじめて泣かせたくなるのだ。
* * *
ほほえんでいれば、幸福である。
幸福なことが起こるから、幸福なのではない。
今、この瞬間を良かったことにする。
いじめられていても。
けなされていても。
* * *
いじめられることやけなされること自体ではないよ。
それはいやなことだ。
いやなことをいやだとわかるために、
避けるために、さようならをするために、
因ー果はどちらが先でも同じことだから。
陰ー陽の両方を同時に見る。
人の目は前にしかついていないけれども、
心の目は前だけではないのだから。
もっと自由に見ればいい。
因・果、陰・陽、幸・不幸も、
それらが「無」いところまで自由になればいいと思うんだ。